闘病5年間の記録  病院にて
Day 3

一般病棟に戻った。

この一般病棟の入院生活が大変なのだろうと思っていたが、意外に平坦。毎日、検査しながら点滴やドレーンを外していく。点滴は、栄養剤、痛み止め、インスリンなどを投与するためのもの。背中、首筋、左手の3本。ドレーンは、すい液、腸ろう(胃ろうではなく、腸に空けた開口)2本、体腔にたまる水を排水するウインスロウ。移動する時には、これらを全部下げたままなので、1本でも抜けるとヨシという気がする。そして、すい液用ドレーンと腸ろう1本が残り、抜いた穴がふさがったら退院できる状況になるとのこと。

心配された退屈もない。持ち込んだPCでできる仕事は続けた。差し迫った引っ越しの準備はしなければいけなかった。入院の備忘録を書いた。ホームページをを立ち上げるためにコーディングをした。

Day 4

この日、ステロイド系の点滴を終了した。この点滴は、鎮痛と精神高揚の作用があるらしい。薬の切れた状態の痛みと脱力感でしんどかった。思ってもいなかった逆戻り感。この入院中で唯一の落ち込んだ期間だった。しかしながら、これはどの看護師に聞いても判っていたとのこと。ただ、あえて教えないらしい。

結構な痛みがあり、特に夜中には鎮痛剤と睡眠剤を処方してもらった。睡眠剤は初めての経験でどんな効果が出るのだろうと思っていたが、どう効いているかも良く判らなかった。この状態は2日程続き、徐々に鎮静していった。

Day 6

初めての見舞客来訪。会社の上司と同僚。

思ったより、遙かに元気そうに見えると言っていた。退院後のことなどについての話などする。治療に専念することが当然であると言うことで、在宅勤務で復帰するが、完全復帰は考えないことをほぼ合意した。その日は病院でのことでもあり、退院してから詳しく話そうということにした。

Day 13

大まかな退院の予定を告げられた。手術前から、1ヶ月から2ヶ月の入院と言われていたにもかかわらず、次週、つまり手術後3週間目である。結構早いのだと思う。

この日は、3組の見舞客あり。コミック本のお見舞いを持ってきた外国人の同僚には笑った。日本人の退屈しのぎはコミックが一番などとわけが判らない説明。結局、どんなコミックだったかも判らずじまいだった。全く興味なくて申し訳ない。

Day 14

この日は、非常に重要な報告を受けた日だった。手術で摘出した臓器の病理検査の結果である。

残念ながら、根絶出来たわけではなかった。リンパ節と小静脈への転移のようなものあり。遠隔転移ではないため、日本膵臓学会の膵癌取扱い規約によるとⅡ期、UICC分類によるとStage Ⅱbと判定。最初に伊藤先生が教えてくれたとおりの筋書きとなる。来週退院後、1ヶ月おいて、抗癌治療を開始することに。期間は、半年から1年。詳細は未定。

ちなみに、日本膵臓学会によるとⅡ期の5年生存率は44%。3年以内の再発率は70%。UICC分類だと手術しなくて5%、手術して40%となっている。ずいぶん違った数字が出ている。井上医師によると、これらの数字はまだまだ検証中の数字だが、統計としてはそんなものだろう。しかし、患者の状況はそれぞれなので鵜呑みにしない方が良い。ただし、いつ再発してもおかしくないので、退院したら人生を楽しむと良いですよとのこと。らしい一言。

ま、オリンピック/パラリンピックまで生存することを目標にすると言ったところか。高望みかな。

Day 16

院長回診。一日も早い退院を指示。病室にいたら回復が遅れるので早く退院させる方針とのこと。近年は一般的にその方向で回復させることが多いと聞いていたが、院長から直接ずばっと言われることには驚いた。ここの医師はみなストレートである。

Day 17

久々に建物の外の空気をすった。

見舞客と面談したり、退院の準備をしている合間、パジャマのまま庭に出てみた。やはり病院内とちがうもんだ。不自由のない病院生活ではあるが退院が待ち遠しくなってきた。

Day 20

10月10日に退院した。手術後3週間に満たない入院期間であった。最初の検査入院が9月11日だったので、そこから数えても1ヶ月である。

さて、この手術が終わりではない。始まりなのである。2週間後の10月24日から化学治療を行うことになった。

見舞

お見舞いにきてくれた方々との面談も嬉しかった。会社の上司、同僚、後輩、所属協会方々、行きつけのBARの方などが来てくれたが、皆一様に思ったより元気で安心したと言ってくれた。励ましに感謝である。

1ヶ月から2ヶ月の入院という予定だったので、早すぎると思っていた人たちも多かったようで、その方たちには、その気持ちだけでも嬉しいことを判って欲しい。きっとその方たちも、早い退院に文句をいう方はいないだろう。

保険

ところで、ついでに保険のお話。前述の住まいの見直しをかけたと同じ頃、保険についても見直していた。それまで掛けていた積立型生命保険の積み立てを外しミニマムにし、替わりに掛け捨てのがん特約付き医療保険にしていた。今回、ほぼ満額に近い保険料が支払われ、この非常時に助かった。しかしながら、計算してみると、この20年間に支払った保険金累計とほぼ同額の保険料を請求できたにすぎない。つまり、入り用になったときに積み立ててきた貯金を下ろしたようなものだ。

そんな状況を分析して、女房殿は考えた。彼女は幸いなことに保険金請求をしたことがない。で、保険をかけ直すことに。必要と思われる特約だけを残し、現状より保険料を節約する-そうだ。