内陸高地を目指して
Iceland
4月の一人旅の時は2日目に宿泊したフルディール(Fludir)から、32号線で北東へ進み、208号線との分岐から南下。色彩豊かな山など景勝地の多いフィヤトラバク(Fjallabak)の高地を抜け、キルキュバイヤルクロイストゥル(Kirkjubæjarklaustur)の西でリングロードに戻る予定を立てていた。色彩豊かな山は、計画時からぜひ見たいと思っていて、初日にキャンセルになったヘリツアーに参加しようとしていたのも、その景観を見るためだった。
フルディール(Fludir)
フルディールの宿では、夕方着いて夕暮れを楽しみ、早朝に起きて夜明けを楽しむことができた。宿は、Icelandair Hotel Fludirといったが、現在は The Hill Hotel At Flúðir となっているようだ。
1枚目は、ホテル前の車寄せから。2枚目は、道路を渡って川岸に出られるところがあったので分け入ってみた。赤く染まる土手、丸い石がゴロゴロしている岸辺、部分的に凍っていてきらめく水面。まさに、凜とした朝だった。
出発して暫くすると、朝日に染まったヘクラ山(Hekla)が見えてきた。この時点で7時半頃だが、この日は長距離を移動すると思って早く出たのがよかったみたいだ。名前はHellを思わせるが、語源的にはまったく関係ない。ところが皮肉なことに、中世ヨーロッパでは「地獄への入口」と恐れられていたらしい。
32号線沿いには、いろいろ撮りたい場所があった。
並行するショゥルスアゥ川(Þjórsá)は、広い河床に幾筋もの流れがあり、いかにも大洪水を引き起こしそうな雰囲気だった。中には、凍っている流れもあり、4月と言っても、まだ、春にはほど遠いようだった。
3枚目の芝土で覆われた長い建物群の写真はなんだろうと思って撮っておいた一枚だ。後で調べてみると、1104年のヘクラ山噴火で火山灰に埋もれたストゥング(Stöng)の農場をモデルに復元した、「共和国時代の農場(Þjóðveldisbærinn)」らしい。少し前に見たあの美しい山が、かつて大噴火を起こしたのだとは、改めてアイスランドは火山活動が活発だなと実感する。博物館のようになっているらしいが、その時はエントランスゲートが閉ざされていて、この写真はその前から撮ったもの。
復元農場から出て32号線に戻ったらすぐのところは、西側の谷を見下ろせるようになっていた。谷には荒涼とした火山性の大地が広がり、奥には連なる山々の端の切り立った崖が見えていた。よく見ると、その前に誰かが布地をつまんで持ち上げたようなとでも表現できそうな小さな突起が無数にあった。これも興味深い形なので調べてみると、溶岩が湖や湿地に流れ込み、水と接触して起きた水蒸気爆発によってできた偽クレーター(gervigígar)というものだった。またもや、火山性地形だ。
この辺りで撮った画像は、カメラかレンズの設定が狂っていたようで画質がよくない。特にこの画像は望遠で撮っているのでかわからないが、ざらついている。ちょっとしたミスでも画像に現れてしまう。ちょっと残念。
どうして形が違うのだろう。
右に川や湖の水面を見ながら走っていたが、一度離れて再び水辺に出ると、水面の幅が大きく広がっていた。水力発電のために造られた貯水池になっているらしい。道路脇には、形の違う高圧送電線の鉄塔や風力発電の風車などが見え、いかにも再生可能エネルギー設備の集積地といった感じだった。それでいて、見える風景も絶景と言っていい。青空、湖水、雪の残る山々のコントラストが美しい。
3枚目の写真には湖水、その向こうに黒い山並み、さらに背後には、雲が滝のように流れ落ちているように見える雪山が覗いている。望遠で撮っているので、圧縮効果で距離感がつかめず確信はないが、30kmほど離れたトルヴァヨークトル(Torfajökull)氷河辺りの山であろう。ともかく雄大な光景だ。
まだ雪が溶けやらぬ荒野の風景の中を進んでいった。道路は起伏があり、丘を越え、水辺のそばを通って行く。途中から、未舗装道路になり、道路の上にも雪が残る箇所が増えていく。3枚目の写真は、フロイネイヤロゥン(Hrauneyjalón)という湖で、実際には発電のために造られた貯水池だそうだ。
実は、ここでトラブル。ランドクルーザーがスタックして身動きがとれなくなってしまったのだ。
押しても動かない。どうしても抜け出せない。焦ったが、レンタカーを借りるときに教わっていた緊急通報番号112に電話した。場所は、208号線で湖の横で発電所や何本もの送電線が見える橋の上だと言ったらわかってもらえた。へトラ(Hella)あたりから来るから1時間以上かかるということで、周りを歩き回ったり、ナップをとったりしていた。待っているとき、やはり観光客らしい車が来た。彼らも押すのを手伝ってくれて再度脱出を試みたがだめだった。先ほどの電話で、そこは冬期通行止めとなっていてまだ解除されていないことを教えてもらっていたので、彼らにもそのことを告げた。彼らも通行止めのサインは見かけなかったと言っていたし、Google Mapsのナビゲーションでは通行できるように表示されている。全くもって――である。
1時間半程して、タイヤがでかく、ごついレスキューのトラックが到着し、引き出してくれた。胸をなで下ろしたのは言うまでもない。この時、キルキュバイヤルクロイストゥル方面に行くには、へクラをまわっていかなければならないことも教えてもらった。300km近くあり、直行しても4時間くらいかかる。この時、既に午後4時をまわっていた。東京から仙台辺りまでの距離を運転することになるので休憩を取りながら行くとなると...道中が思いやられた。
戻り道は、32号線から分岐している未舗装道路の26号線を通ることにした。
正面に見えていたのは、ビュルフェットル(Búrfell)という山で、平地からぽつんと出ている。標高669mだそうだが、独立しているので目立つ。位置からして、数時間前32号線を走っているときに、近くに見えた山だと思うが、見る方向が違うと違う山に見える。この旅行記を書いているときに調べたら、この山は厚い氷の下で噴火して成長し、氷に横方向への広がりを阻まれたため、頂部が比較的平らで側面が急な、テーブルのような形になったのだそうだ。
近づくと、かなり迫力があり、麓の縞模様が興味深い。融雪時や強い降雨時など、一時的に地表水が集中して流れた跡だろう。Google Mapsなどの航空写真で見ると葉脈のようで綺麗だ。
3枚目の写真はフォッサブレックル(Fossabrekkur)という滝だ。26号線に案内板が出ていたので休憩がてら立ち寄った。滝といってはおこがましいほどの小さな滝で、並行して流れる別の流れに落ち込んでいた。調べてみると、どちらもイートリラゥンガゥ(Ytri-Rangá)の源流で、ここで合流して一本の川になるらしい。この一帯の火山性の地層へ浸透した水がこの少し上流で湧き出し、この川の源流となっているそうだ。なんと、源流近くの滝ということか。それにしては水量が多かった。そうか、4月で雪解け水が豊富だったのだろうか。
フォッサブレックル(Fossabrekkur)は滝の名前とされている。一方、fossは「滝」、brekkurは「坂・斜面」を意味するbrekkaの複数形で、実際にFossabrekkurという名は周囲の緑豊かな一帯にも使われているらしい。ややこしいので、この旅行記では滝の名前としておこう。そのフォッサブレックルの近くの斜面にはいろいろな模様がついていて、変化する度に車を停めて撮影した。雪解け水などによる侵食でできたガリー(gully 侵食溝)が幾筋も刻まれているのだ。残雪がその溝を埋めているところでは、まるで白い枝を伸ばしたように流路の形が浮かび上がって見える。地面がむき出しの斜面、植生に覆われた斜面、雪の残る斜面と、場所によって見え方が違うのも面白かった。Google Mapsなどの航空写真でみるともっと上の方にも広がっている。やはり、上空から肉眼で見たいものだ。
フォッサブレックルにいたのが、午後5時頃。それからは、ほとんど撮影もせず運転した。へトラ近郊が午後6時頃。キルキュバイヤルクロイストゥル近郊のホテルに着いたのは既に9時近く。食事時間が午後9時半までだったのでギリギリセーフだった。
これで、「内陸高地を越えて南海岸へ」まわる予定だった一日が終了した。内陸高地を越えることはできなかったけれど、無事生還したし、春がまだ明けきらない4月のアイスランド内陸の風景を堪能でき、夕食にもありつけた。90点の日だったと記録しておいた。