独り言 その1 
30年目の命日
141006

本日はオヤジの命日。30年がたった。

周りの人たちから、あのオヤジがいたら嫁さんが逃げ出して大変だぞといわれていた。そのオヤジが他界して直ぐ結婚したのでもうすぐ結婚30年でもある。今まで逃げられなかったことはオヤジの偏屈さの証明にはならない・・・などと考えていると、久しぶりにオヤジのことを色々と思い出した。

頻繁に会社を休んでは、授業参観、海水浴、展覧会などにつれていってくれていた。結構、構ってくれたことが今になってわかる。自分基準ではあったが、曲がったことが大嫌いで、テレビを見ながら、「こんな奴は、死刑だ!」としょっちゅう呟いていた。安売りだといっては大量買いをしていた。オヤジが買って押し入れに入れていた砂糖を消費し終えるのに20年はかかった。オヤジは電電公社で線路工事をやっていたのだが、いつの間にか自分も電話のインフラ関係の仕事をしている。

時々思い出しては、懐かしさに浸ってしまう。

デジタル授業革命
140909
エクセルで作画した住宅の基本計画

昨晩8日のクローズアップ現代で「学びを変える? ~デジタル授業革命~」という番組を観た。何気なく合わせたチャンネルだが違和感がある場面があった。

ある中学校で、教師自作の教材を使ってタブレットで行う授業だった。違和感は、ちらとTVに映っただけのタブレット画面である。エクセルをパレットとして貼り付けられた画像を動かして問題を解く内容らしい。これって、数字を書いたカードを台紙の上に置いて、どれが最も適切か・・・なんていう、幼稚園か小学校低学年が試行錯誤するレベルではないか。個別学習を可能にする活用、インタラクティブな活用、より深い知識を求めるツールとしての学習などといったICTの利点を生かしているようには見えなかった。

教育者の問題もあるが、ここではNHKの姿勢も気になった。いろいろな事実を提供して問題提起している番組全体の流れとは別に、タブレットを使っている=ICTを使った教育と扱う現場があるのではないだろうか。他の例は、内容も検証されているようだったが、この事例だけは唐突な感じがしたのである。

教育に少しでも携わる者として、ICTの活用にはいろいろな問題があると認識している。日本は遅れていると言われているが、他国のようにとにかく端末を与える事態になっていないことを幸いと考えて、より良い教育の形態を考えていきたい。

ところで、エクセルをパレットとしてお絵かきすること自体に違和感はなく、かえって推奨するくらいである。「建設ITワールド」誌に、そのような趣旨で記事を掲載してもらったことさえある。(画像:その時事例として使ったエクセルで作画した住宅の基本計画:平面図と立面図 および実現した建物の写真)エクセルやパワポの機能を使いこなせば、日常業務での大概のことはできてしまい、新しいアプリに振り回されなくてすむ。このことは、一般的にあまり理解されていないと感じている。ただし、万能ではないことも同時に理解する必要があるのだが。

3年目の命日
140906

今日9月6日は、所属会社で盟友だった男の命日。既に3年が経つ。

その3年は、もう彼と一緒に仕事ができないんだという事実を完全には納得していない月日だったかもしれない。このところ自分のことを振り返る機会が多く、彼のことも何度も思いだし、徐々に彼がいない状態を受け入れられるようになったと思う。

そんな感じだったので、会社では、彼について、これまであまり多くを語らなかった。しかし、彼の業績は記憶されるべきだと思うようになり、折に触れ回想的な文章を書くことにした。

今更ではあるが、安らかに眠れ相棒

Restart
140831

やっと、このサイトの改装、それなりに完了。独り言 も書けるように準備ができた。